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経腟分娩と帝王切開における予防的抗生剤投与の検討

背景

経腟分娩後、帝王切開術後の予防的抗生剤投与について、日本産科婦人科学会が作成しているガイドライン-産科編の案には示されていない。 当科で2004年6月に検討がなされているが、現状で大きなトラブルがなく変更の必要はないとする意見があり、結論が出されないまま、現在に至っている。 近年の予防的化学療法、抗菌剤の多用の反動としてMRSA、VREといった薬剤耐性菌が出現し臨床上問題となっている。

目的

患者の分娩後のQOL、耐性菌出現の抑制、医療経済の観点から、分娩時の適切な抗生剤投与法について、検討を行った。

《経腟分娩》

現在当科で行われている経腟分娩後の抗生剤投与については、薬剤の種類については分娩立会医が選択し、3T 3× 3日間投与されている。

文献

産婦人科の必修知識2007
経腟分娩後の産褥期子宮内感染症の発生頻度は1.3〜2.6%。
絨毛羊膜炎が否定的な経腟分娩に対する抗生物質の予防的投与は推奨されていない。
産褥熱の原因として糖尿病、ステロイド投与中の自己免疫疾患、易感染性疾患合併、性感染症合併、悪露流出を妨げる筋腫、PROM、 産科処置、産科手術、産褥期長期臥床、胎盤遺残。

Williams obstetrics 22nd edition
帝王切開に比較して子宮内膜炎はまれで、1.3%に出現した。
破水後長期間経過、遷延分娩、頻回の内診で6%に上昇。絨毛膜羊膜炎があれば13%に増加。ほか、死産、低出生体重時、早産、重度の新生児仮死はリスクファクター。
The Cochrane Collaboration
Antibiotic prophylaxis for operative vaginal delivery
Antibiotic prophylaxis for fourth-degree perineal tear during vaginal birth
吸引・鉗子分娩時に予防的抗生剤投与を行うことを推奨する十分な証拠はない。
重度の裂傷に対する抗生剤投与については更なるリサーチが必要。
ACOG practice bulletin:Prophylactic Antibiotics in Labor and Delivery.obstet Gynecol 2003;102:875-882
(Level A)
PROM、特にpretermPROM、破水から分娩までが遷延した症例については予防的抗生剤投与を考慮する。

当科での症例

当科で1994年〜2008年3月までの分娩で産褥熱・子宮内膜炎を発症した経腟分娩症例は1例。
  40歳 5-0-0-5 結節性硬化症によるてんかん合併 妊娠高血圧症候群(Eh)
  40週6日に正常経腟分娩。適時破水し分娩時間は5時間26分、出血量290。
  3824g Apgar9/9。児も結節性硬化症でNICUで精査。
  産褥1日目より発熱、子宮に圧痛認め子宮内膜炎の診断。
  CTM点滴5日間、セフテラム ピボキシル内服3日間投与。産褥9日目には症状軽快。

考察

経腟分娩の場合、産褥感染症のリスクは低く、予防的抗生剤投与は必要ないと考えられる。
当科で経験した子宮内膜炎の1例は、特に前述したようなリスクはなかった。
ハイリスク症例としては文献をまとめると、以下のようになると思われる。
破水後長期間経過(6時間以上)、遷延分娩、頻回に内診を行ったもの、絨毛膜羊膜炎、 ラミナリア、メトロイリンテルによる頚管熟化操作、 早産、死産、低出生体重児、新生児仮死、 糖尿病、ステロイド内服している自己免疫疾患 など

今後の方針

リスクのない経腟分娩については予防的抗生剤投与は行わない。 リスクのある症例は、主治医や立会医の判断でこれまで同様に、抗生剤の予防投与を3日間程度行ってもよい。

《帝王切開術》

現在産科で施行されている帝王切開術時の予防的抗生剤投与法は、術当日と術後1日目に計4回(臍帯クランプ後、帰室後6時間、 術後1日目の朝夕)経静脈投与され、使用される薬剤については主治医の判断で決定されている。
Williams obstetrics 22nd edition
子宮内感染の頻度は13〜50%。リスク因子は遷延分娩、破水、頻回の内診、lower socioeconomimic status、 細菌性腟症。他、多胎、若年、長期の誘発、肥満、胎便など関連あるとする論文あり。
The Cochrane Collaboration 
Antibiotic prophylaxis for cesarean section(2002)
予防的抗生剤投与は、帝王切開術後の発熱、子宮内膜炎、創部感染、尿路感染、重大な感染症の発症を減少させる。選択的帝切でも非選択的帝切でも減少させる。
Antibiotic prophylaxis regimens and drugs for cesarean section(1999)
アンピシリンと第一世代セフェムの比較、セフェムの第一世代、第二世代、第三世代の比較でいずれも効果は同等。Single dose, multiple doseで差はない。広域スペクトラムの薬剤がより効果が高いというエビデンスはない。
投与の時期について、術前vs臍帯クランプ後かについてはデータが不十分である。
CDC
Gideline for Prevention of Surgical Site Infection(1999)
第一部:手術部位感染(SSI)
産婦人科手術のSSIで可能性のある病原体は、グラム陰性桿菌、腸球菌、B群連鎖球菌、嫌気性菌。また、ブドウ球菌は全ての種類の術後SSIに合併する。
帝王切開術は手術創分類で準汚染(準清潔)(Clean-Contaminated):よく管理された状態で、異常な汚染がない手術創、に含まれる。
薬剤選択に関しては、セファロスポリン系は多くのグラム陽性〜グラム陰性菌に効果がある。安全性、薬理動態、価格で妥当ある。 特に、セファゾリン(セファメジン)は広く使用されており、多くの/準汚染手術に適応される。
アレルギーのためセファロスポリンを安全に使用できない場合は、グラム陰性菌をカバーするものとしてアズトレオナム(アザクタム)を代用する。 セファロスポリン系薬剤は、時間依存性殺菌作用があり執刀前30分以内に投与すべきだが、帝王切開術は例外で、臍帯クランプ直後に投与する。
SSIリスク因子
離れた部位に存在する感染や保菌、糖尿病、喫煙、ステロイド投与、肥満
第二部:手術部位感染防止のための勧告
・抗菌薬の予防投与は必要な場合にのみ行ない、その最も一般的なSSIの原因となる菌(上記)に対して効果的な薬剤を選択する。
・手術中を通じおよび、少なくとも手術室で傷が閉じられてから2、3時間後まで血清および組織の薬剤の治療濃度を維持する
。 ・帝王切開では、臍帯がクランプされた直後に予防的抗菌薬を投与する。
ACOG practice bulletin:Prophylactic Antibiotics in Labor and Delivery.obstet Gynecol 2003;102:875-882
(Level A)
・全てのハイリスク症例の帝王切開では予防的抗生剤投与を行うべきである。
 ハイリスク:破水後、陣発後、緊急帝王切開、手術時間1時間以上、多量出血
・帝王切開の予防投与には第一世代セフェムのようなスペクトラムの狭い抗生剤を使用する。
(Level C)
ローリスクの帝王切開症例についてはエビデンスは明らかでないが、予防的抗生剤投与が推奨される。

当科での症例

1994年〜2007年3月まで当科での帝王切開後の子宮内膜炎症例は0。
創部離開に関する検討は本年1/31に検討が行われている。
→創部離開により追加処置が必要であったのは10例。ほとんどの症例で破水、緊急、DM、BMI≧30などの何らかの合併症を有していた。

考察

ハイリスクの帝王切開については抗生剤の予防投与が必要であることは明らかである。
低リスクの帝王切開では予防的抗生剤投与は不要とする論文もあるが、Cochraneでは手術部位感染だけでなく術野外感染も減少させる結果であり、 また、CDCガイドラインでは準汚染(準清潔)手術に分類されていることから、低リスクの帝王切開術であっても予防的抗生剤投与は必要であると考えられる。 また初回投与は、胎児への移行を考慮して臍帯クランプ後に施行するとするものが多く、この2点については当科では2004年に検討され、 施行されている。現在もこれらに関しては大きな変化はなく、継続すべきと思われる。

投与回数について単回投与が以前提案されたが、現状で大きなトラブルがなく変更の必要はないとする意見があり、 現在まで術後の投与が施行されている。国内で、CDCガイドラインを受けて、抗生剤の投与期間の短縮を行ったり、や単回投与に変更する施設もあり、 報告されている。当院の抗菌薬使用の手引きにも、抗菌薬予防投与は術直前から術中の短期間のみ、と記されている。以上を受け、副作用のリスクを減じ、 耐性菌の発生を抑制するため、帝王切開術における抗生剤予防投与は術中単回投与に変更を行いたい。 ただし、子宮内感染を疑う場合は、不潔手術となる可能性が高く、術前より抗生剤投与を開始する。

今後の方針

子宮内感染を積極的に疑わない帝王切開術では、予防的抗生剤投与は臍帯クランプ後に、セファゾリン(セファメジン)2g キット1回の投与で終了する。 アレルギーのある場合はアズトレオナム(アザクタム)1gを使用する。(手術時間が3時間を超える場合には追加を考慮する。)
子宮内感染を疑う場合は術前および術後に抗生剤投与。投与薬剤・投与期間については臨床症状や検査結果により主治医が判断する。

参考文献

小林浩一他:帝切時の予防的抗菌薬(術前・中・後)の投与,周産期医学 28:1493-1495,1998.
高田眞一他:産婦人科手術における抗菌薬投与法,産と婦75:191-197,2008.
山口 隆他:術後感染とその予防,産婦人科治療,90:337-340,2005.

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