咽頭炎

 

 一般外来・救急外来で上気道炎症状で来院する人は多いですが、中には咽頭痛を主訴として来る場合があります。多くの場合(原因は何であれ)急性咽頭炎(または扁桃炎)なのですが、正しいアプローチは何なのか触れていきたいと思います。見ていると、わが国の現場では咽頭炎に対する誤解が多く、誤った知識で診療されていることも少なくないように思います。

 

T.咽頭炎の原因 

 咽頭痛を主訴とする疾患には以下のようなものがあります。今回は咽頭が発赤・腫脹しているという咽頭炎に焦点を絞って進めていきます。

 

 表1.咽頭痛の原因疾患(「Principles of Appropriate Antibiotic Use for Acute Pharyngitis in Adults. Ann Intern Med.2001;134:509-517.」より一部改変)

                              

  喉頭蓋炎

  Ludwig angina

  咽後膿瘍

  扁桃周囲膿瘍

  胃食道逆流

  咽頭・喉頭腫瘍

  咽頭炎(感染性、外傷性)

  膠原病(SLEなど)          

 

中には「魚の骨がのどに刺さった」なんてものもありますから、「咽頭痛=咽頭炎」というわけではないので、注意しましょう。本稿では感染症を扱うので、感染がらみの咽頭痛に関して見てゆくこととしましょう。

 ご存知のこととは思いますが、この中で注意すべきは喉頭蓋炎です。致死的緊急で、直ちに耳鼻科的処置を要します。ただし、この喉頭蓋炎、実際に出くわすケースは殆どないでしょう。その証拠に多くの救急ポケットマニュアルにも載っていないことが多いです。が、致死的疾患なので一応ここで押さえておきましょう。

 Ludwig anginaや咽後膿瘍、扁桃周囲膿瘍などの化膿性疾患は深頚部感染症としてまとめました。深頚部感染症では入院の上、抗菌薬の経静脈投与や切開排膿などの外科処置を必要としますので、咽頭痛患者の診察の上では鑑別に挙げておくことが必要です。

 

 

 

[急性喉頭蓋炎]

<概念>

 舌根部から喉頭蓋にかけての蜂巣炎。喉頭蓋の浮腫により、気道閉塞する可能性あるため、緊急疾患です。

<起因菌>

 H.influenzae GNR

喉頭蓋炎の成人患者から分離される菌としてH.parainfluenzae、肺炎球菌、A群β溶連菌、黄色ブドウ球菌などがありますが、直接の因果関係は証明されていません。

<症状>

 小児の場合、速やかに重篤な経過をたどるのに対し、成人では初期は非特異的な軽症の経過となることも多いです。

喉頭蓋炎の特異的症状である、呼吸困難(25%)・流涎(15%)・喘鳴(10%)などを伴う咽頭痛患者では診察の際注意が必要です。というのは、喉頭蓋炎の患者では、舌圧子による舌根部への刺激により、喉頭蓋の浮腫が進み、一気に気道閉塞を誘発する恐れがあり、咽頭の直接観察は禁忌だからです。

<診断>

喉頭蓋炎を疑う患者では、挿管のバックアップを確保した上で、熟練した耳鼻咽喉科専門医によるファイバー観察により診断を確定します。

教科書には頚部側面撮影での喉頭蓋の腫大(thumb sign)が記載されています。これは私見ですが、緊急度を考えると、ファイバーなどの医療機器へのアクセスが容易な我が国では、偽陰性もあるX-pよりは、速やかな耳鼻咽喉科専門医へのコンサルトを優先させる方が良いのではないでしょうか。(恐らく、一般的には頚部側面X-pの正常像を数多く見ている医師も少ないと思いますし・・・)

 小児では血液培養でほぼ100%、成人では約25%で血液培養が陽性となりますので、気道確保後の血液培養2セットは必須です。

<治療>

入院し気道管理、抗菌薬投与を行います。抗菌薬はH.influenzaeをカバーします。重症感染症ですので、併用療法が望ましいです。ステロイドの使用は賛否両論意見があります。

治療効果の指標は発熱・WBCCRPといった一般的なものの他に、喉頭所見の改善、呼吸状態の改善、痛みの軽減などの臓器特異的パラメータを経時的に評価してゆきます。

<投与例>

 ・ロセフィン(2g24時間ごと)+ユナシンS1.56時間ごと)+ベネシッド錠(4T4) → 1週間以上

 ・アレルギー例では ダラシンS600mg6時間ごと)+シプロキサン注(300mg12時間ごと) → 1週間以上

 ※重症感染につき、スペクトラムはやや広めにとるレジメとなっていますが、通常インフルエンザ菌をターゲットにする場合はと呼ばれる高度耐性菌の可能性が多くない限りは、アンピシリン/スルバクタム(ユナシンS)やセフォチアム(パンスポリン)などの第2世代セファロスポリンで十分であることは基本時事項として押さえておいて下さい。

 

 

[深頚部感染症]

<概念>

 頭頚部咽頭領域に存在するスペース(筋肉間や骨間などが多い)への感染。

 尾部方向へ容易に進展し、気道閉塞や頸静脈血栓、縦隔炎の原因ともなるため、油断は出来ない病態です。

<起因菌>

口腔内嫌気性菌、レンサ球菌、黄色ブドウ球菌、場合によってはH.influenzae (横隔膜上嫌気性菌+GPC

原発不明のこともありますが、多くは咽頭炎・耳下腺炎・乳様突起炎・歯根部感染に続発します。

<症状>

 感染部位によって症状は様々ですが、嚥下困難(痛みによる)や開口障害、項部硬直、斜頚、呼吸困難、喘鳴などを呈することがあります。進展して脳神経障害の所見が見られることも稀ながらあります。

 身体所見上、重要なものとしては咽頭弓の変位や扁桃組織の異常なせり上がり、頚部触診上の波動感や左右差となります。

 通常の咽頭炎では抗菌薬の投与の有無に関わらず、35日で痛みは軽快してゆくはずですので、もしその経過から外れる場合は注意するようにします。深頸部感染症は扱いとしては膿瘍性疾患ですので、治療には適切なドレナージと経静脈的な十分量の抗菌薬が必要となります。中途半端な経口抗菌薬で安心してしまわないように、咽頭痛患者を診察した際は、常にこの疾患群の存在は頭に浮かべて置くようにします。

<診断>

 膿瘍の広がりを検出する為にも、造影CTが有用です。骨や静脈への波及が考えられる際にはMRIも考慮します。教科書的には、軟部X-pによる評価が記載されているものの、やはり感度が劣ること、感染の範囲を確定できないことから、CTMRIが適応となるでしょう。

 頚部膿瘍を疑いCTを撮影する場合は、容易に縦隔まで感染が広がっている場合があるので、描出範囲は上縦隔まで広めに撮影してもらうように依頼すると良いでしょう。

<治療>

 入院し気道管理、外科的ドレナージを行います。適切な抗菌薬を十分量・十分期間使用します。

 治療効果の指標は、CTMRIによる画像評価の改善になります。また、発熱・WBCなどの一般的なものの他に、初診時の異常所見や痛みなどの症状の経過を臓器特異的パラメータとして参考にします。CRPは膿瘍性疾患では日によって上がり下がりが大きく、あまり参考にならないかもしれません。大まかな病勢を知る上では、週ごとの赤沈の測定が有用です。

<投与例>

 ・ユナシンS1.56時間ごと)+ベネシッド錠(4T4) → 10日以上

 ・アレルギー例では ダラシンS600mg6時間ごと) → 10日以上

    ※培養や膿瘍成分でGNRの関与が疑われる場合は以下レジメを考慮

 ・ユナシンS1.56時間ごと)+ベネシッド錠(4T4) → 10日以上

 ・ロセフィン(2g24時間ごと)+ダラシンS600mg6時間ごと) → 10日以上

 ・ダラシンS600mg6時間ごと)+シプロキサン注(300mg12時間ごと) → 10日以上

 

U.咽頭炎の起因菌

 咽頭炎とひとくくりしていますが、解剖学的に考えれば、扁桃炎・上咽頭炎・中咽頭炎・下咽頭炎・喉頭炎などに分かれると思います。事実、喉頭鏡やファイバーで直接観察を行う耳鼻咽喉科領域では炎症の主座を細かく分類することができますが、観察が不可能な場合(つまり耳鼻科以外では)、「咽頭炎(Pharyngitis)」とひとくくりにすることが一般的です。

 さて、咽頭炎を起こしうる病原体で現在わかっているものに以下のようなものがあります。

 

 表2.咽頭炎を起こしうる病原体(「Mandell, Douglas, And Bennett's

 Principles And Practice Of InfectiousDiseases 2004.」より一部改変)      

・ウイルス(40%〜50%)

Rhinovirus, Coronavirus, Adenovirus, Herpes simplex virus,

Parainfluenza virus, Influenza virus, Coxsackievirus A,

Epstein-Barr virus, Cytomegalovirus, HIV-1

・細菌性(1540%)

      Group A β-hemolytic streptococci(GABHS) 15~30%

       Group C/G streptococci, Neisseria gonorrhoeriae,

       Corynebacterium diphtheriae, Corynebacterium ulcerans, 

       Arcanobacterium haemolyticum、Yersinia enterocolitica,

Treponema pallidum

・その他

      Chramydia pneumoniae, Mycoplasma pneumoniae                 

 

 

我が国の、特に耳鼻咽喉科領域の文献ではH.influenzaeなどのグラム陰性桿菌の関与が記されているものもありますが、今のところそれを支持する世界的なコンセンサスはなく、明らかな証拠はありません。

さて、上記の病原体のうち、抗菌薬が明らかに適応となるものはどれでしょうか。現在のところ、A群β溶連菌(GABHS)、淋菌、ジフテリア、嫌気性菌群などが挙げられています。

ただし、頻度や重要度から考慮するとリウマチ熱を続発しうるGABHSに対して適切に抗菌薬を使用することが最も大切なことと言えます。逆に、必要の無い人に過剰な抗菌薬の投与を控えることに努力する必要があります。

 

V.最初に除外すべき起因菌

 ジフテリアは致死的なため、見逃しはないようにします。現在では極めて稀な病気ですので、当然筆者も見たことがありません。ただし、現在でもロシアなど近隣諸国で散発例があるため注意は必要でしょう。渡航後で見たことのない咽頭所見は要注意といったところでしょうか。アトラスなどでジフテリアの咽頭偽膜所見を一度目にされることをオススメします。

 淋菌やクラミジアはSTD蔓延の現代社会では見逃せない所見です。クラミジアを疑う場合は抗原検査へ、淋菌を疑う場合は「淋菌疑い」のコメントを細菌検査室へ伝える必要があります。(口腔内のナイセリア属と一見区別できないため。)

 EBVCMVによる伝染性単核症は年齢や異性との接触歴、全身症状、びまん性のリンパ節腫脹などを参考にして考慮しますが、どうしても迷ったときにはASTALTLDHなどを測定して血清抗体の結果が出るまでの間の判断とします。

 ※ 伝染性単核症の血清検査:EB-VCA IgMEB-VCA IgGEBNAEB-EA IgGCMV-IM

 HIVによる急性レトロウイルス症候群も最近外来で見かけるようになりました。ハイリスクグループで、通常の咽頭炎の経過とは異なる発熱が続く患者では考慮する必要があります。注意すべきは、この咽頭痛症状を起こす時期にはウイルス量はかなり増えているのですが、抗体産生が遅れてスクリーニング検査では陰性と出ることがあるということです。この場合、週をおいて再検する必要があります。

 

W.GABHS咽頭炎について

<概念>

 A群β溶連菌(連鎖球菌)によっておこる咽頭炎で、リウマチ熱をはじめとして咽後膿瘍、頚部リンパ節炎、乳様突起炎、免疫性腎炎などの合併症があります。伝染性が強く、冬期に集団発生したり家族内流行を起こしたりします。抗菌薬の投与により、リウマチ熱のリスク減少、周囲への伝播の減少をもたらします。

 潜伏期は25日。

 リウマチ熱に関しては、小児と違い成人では続発するリスクが少ない為、無視してよいとする専門家もいます。

<起因菌>

 Streptococcus pyogenes GABHS (GPC

<症状>

 突然発症の高熱、咽頭痛と咽頭腫脹、頭痛、悪心、嘔吐、腹痛などが知られていますが、いずれも特異的ではありません。熱がなかったり、結膜炎、咳、嗄声、鼻汁、前部口内炎、潰瘍、ウイルス性発疹、下痢などの存在はウイルスを疑う症状となります。

<診断>

 咽頭の迅速抗原検出キットが最も感度・特異度が高く(ともに95%以上)、最も信頼できる診断モジュールになります。培養法もそれに近い検出率がありますが、結果まで3〜4日かかるのが欠点です。いずれも、綿棒を咽頭へ強くこすり付けて(滲出物がある場合はその部位を中心に)調べるようにします。(検出率の低下を防ぐ為)

 コストの問題やキャリアの存在の問題から、咽頭痛の患者全てに上記の培養法・迅速キットを使用することは勧められません。そこで、臨床情報・所見からある程度GABHSが疑わしい場合に迅速検査または培養が行われることをガイドラインなどでは推奨されています。

GABHS診断の為に、いくつかの頼りになる臨床情報や身体所見というのがあります。

まずは流行が確認されている場合、高リスクの職業(学校職員、医療従事者、保育施設職員など)、家族歴(乳幼児や学童が家族にいる)などでは迅速検査や培養を行う価値があるでしょう。

身体所見に関しては、Centor’scoreという臨床診断項目がありますので、それを参考とします。

 

 

3.Centor’score(「The Diagnosis of Strep Throat in Adult in the Emergency Room. Med.Decision Making Vol.1, No.3, 1981」より一部改変)

                           

 1.38℃以上の発熱のエピソード

 2.咳の欠如

 3.扁桃の滲出物(白苔)

 4.圧痛のある前頚部リンパ節の腫脹   

 

 1項目1点で、総点が高ければ高いほどGABHS咽頭炎の可能性が高くなります。3点以上をカットオフに設定すると、感度・特異度とも75%以上と考えられ、「Centor’score 3点以上あればほぼGABHS咽頭炎」とすることができます。2点では微妙なところですが、1点以下ではGABHSの可能性は極めて低いとされています。

 米国感染症学会のガイドラインでは、GABHSを疑う場合培養や迅速テストで確認し、陽性ならば抗菌薬治療、陰性の場合対症療法としていますが、Centor’score 3点以上では検査を行うまでもなく抗菌薬治療、2点は培養や迅速検査で判断、1点以下は対症療法を勧める論文もあります。

 私見ですが、コストや検査室の負担、GABHSが全例ペニシリン・セファロスポリン感受性であることを考えると、3点以上の患者でペニシリンまたはセファロスポリンでの治療を考えるならば培養は必要ないと考えます。嫌気性菌の関与を疑う場合や、マクロライドで治療する場合などでは培養の結果が役に立つでしょう。

 と、いうわけで、以下のフローチャートに沿って診断決定されてはいかがでしょうか。

 

Centor’score 3点以上→抗菌薬治療+対症療法 (ケースによっては培養提出)

Centor’score 2点 または ハイリスク群(流行、職業、家族歴、キャリア)

→迅速検査または培養   陽性ならば抗菌薬+対症療法  陰性ならば対症療法

Centor’score 1点以下→対症療法

 

<治療>

 リウマチ熱の既往のある患者、弁疾患のある患者では全例で抗菌薬の使用が望まれます。

 抗菌薬使用により、リウマチ熱の続発を減少させたり、有症状期間の短縮、化膿性合併症の減少などの利益がもたらされますが、抗菌薬なしでも3〜4日で症状は自然軽快すること、先進国とくに成人ではリウマチ熱のリスクそのものが低いこと、化膿性合併症減少への寄与はそれほど大きくないことから、抗菌薬投与をしなかったとしても害になることは少ないかもしれません。

 さて、治療の第1は鎮痛にあります。全例で数日はアセトアミノフェンやNSAIDsを考慮します。

 抗菌薬はスペクトラムの特異性・コスト・吸収率からアモキシシリン(サワシリン)を第1選択とします。問題はコンプライアンスで10日間の投与が必要となりますが、10日服用することの重要性を説明し、もしコンプライアンスが不良だった場合はショートコースが確立されている第1世代セファロスポリンやアジスロマイシン(ただし日本では感受性不良)を選択します。

 伝染性単核症の可能性(GABHSとの合併もあるため)がある場合は、アモキシシリンは避けます(他のペニシリンやセファロスポリンは大丈夫)。

 トランサミンは論文的裏づけはありませんが、確かに咽頭痛の軽減に役立つケースは存在するようです。

 うがい薬は、イソジンが咽頭上皮を傷害するという意見もあり、水道水での頻回のうがいで十分かもしれません。

 アモキシシリンで再発する場合や、年に何度も繰り返している患者では、βラクタマーゼ産生菌の存在によりペニシリン効果が減弱させられていることや、嫌気性菌の関与を考えてアモキシシリン/クラブラン酸(オーグメンチン)などのβラクタマーゼ阻害薬入りの抗菌薬やクリンダマイシン(ダラシン)の使用を考慮します。

<処方例>

 ・全例で 

ピリナジン(1.5g分3) or ナイキサン100mg錠(6錠分3) or ボルタレン25mg錠(3錠分3) → 4日分

 ・抗菌薬

1選択薬: サワシリン(1000mg分4毎食前寝る前) 10日分

ペニシリンアレルギー: クラリス(400mg分2朝夕食後) 10日分 ただし耐性の場合あり

伝染性単核症の疑いあり: バイシリンG(160万単位分4毎食前寝る前) 10日分

                or ケフラール(750mg分3毎食前) 5日分

コンプライアンス不良患者: ジスロマック(500mg分1) 3日分 ただし耐性の場合あり

                or ケフラール(上記同様) 5日分

反復する咽頭炎患者:オーグメンチン(1500mg分4毎食前寝る前) 10日分+ ビオフェルミンR(3錠分3) 10日分

                or ダラシン(900mg分3毎食前) 10日分+ ビオフェルミンR(3錠分3) 10日分

 

<補足>

 淋菌性咽頭炎・・・ロセフィン2g div 1回のみ。パートナーも可能な限り治療すること。

 クラミジア咽頭炎・・・ジスロマック 1g 1回経口のみ。パートナーも可能な限り治療すること。