IT時代における紙器・ダンボール業界の特許戦略

1.はじめに

「必要は発明の母」とは至言です。「必要:ニーズ」からその子供である「発明」が生まれるのです。最近は「プロ・パテント:特許重視政策」の時代と言われ ています。また「IT:Information Technology 」時代でもあり、環境が激変の時代です。最近では「ビジネス・モデル特許」が話題になっています。「ビジネス・モデル特許」は紙器・段ボール業界では直接 関係ないようですが、誰かすばらしい特許を出願するかもしれません。
紙器・段ボール業界にとって大いに関係することは特許庁がその「万国資料館」の特許情報をインターネットで公開したことです。「特許電子図書館IPDL: Industrial Property Digital Library」の開設です。これは実は大変なことなのです。従来、出願に先立ち特許情報を調査しようと思っても、本格的で十分な調査をできるところは東 京・虎ノ門の特許庁の「万国資料館」と大阪・天王寺の夕陽丘図書館しかありませんでした。(以下、前記2ヶ所)それがインターネットで自宅で24時間調査 可能になったのです。これが「IT革命」と言われるのです。明治18年以来の革命的なできごとなのです。
特許を重視し、過去にいろいろ出願しても「拒絶」に会い、ガックリしている人も多いでしょう。また、せっかく特許を取得しても、裁判で費用がかかるため、 訴訟をあきらめる場合があることも事実です。また特許戦略はただ「人と金」をかければ良いというものではありません。小人数で経費を最小限にする方法はい くらでもあります。今回は特許庁の方針変更で具体的に紙器・段ボール業界でどのようなことが特許戦略で可能になったかを述べてみたいと思います。
ひとことで言うと、「特許情報の事前調査が容易に可能になり、それを戦略的に利用することによりライバルに勝てるということです。」
以前に比べて、「特許情報の地域格差の減少」「無駄な特許出願の不必要性」「出願する特許の権利の強化」「特許戦略での企業格差の減少」が可能になります。

2.特許情報の地域格差の減少

「インターネット」での公報が閲覧可能になり、地方の人にも楽になっています。前記2ヶ所のいずれかに行かなくてもよくなったのです。また前記2ヶ所に行けた人でも時間を気にしながら公報(紙)をめくらなくても、夜中に自宅で閲覧可能なのです。

3.無駄な特許出願の不必要性

「先行技術」を調べずに、自分の発明はすばらしいと舞い上がり特許事務所に飛び込み出願し、2年後「拒絶理由通知」を受け取り、その「引用文献」を見て ガックリする経験をされた人は多いと思います。従来、「先行技術」調査を業者に依頼すると出願費用と変わらないほどかかるので調査せずに出願する場合がほ とんどでした。インターネットで事前調査し、自分の発明と同一また類似のものがあれば無駄な出願は必要ありません。また、その「先行技術」が権利の切れた ものであれば安心して、無料で使用可能です。

4.出願する特許の権利の強化

「先行技術」を調査しても自分の発明がそれでも新規性を持っているとすれば、その資料を持参し弁理士に依頼すれば、上手により強い出願をしてくれます。弁理士にとって「先行技術」の資料なしに出願書類を作成するのは大変な作業です。

5.特許戦略での企業格差の減少

「先行技術」をインターネットで調査すれば、怖いもの無しです。従来であれば、市場で人気のあるライバル会社の発明を「指を咥えて」見ているか、「地雷 (他社の特許)を踏む」覚悟で真似するしかありませんでした。良く誤解されていることであるが、先行技術を調査せずに発明をし、商品化して、「防衛特許」 的にとりあえず出願しておくという行為である。これなどは神風戦法です。これでは「地雷」を踏まないという何の免罪符にはならない。専門紙にアイディアの 箱が提案され、出願番号が添付されているが世界中の過去の「先行技術」を調査したと思えるものはほとんど無い。調査すれば同一、類似も物が見つかるだろ う。譲歩して言っても機能的に類似のものが必ず発見できます。
「IT時代の特許戦略」とは以下のことを戦略とすることです。すなわち「ライバルの動機(ニーズ)を盗み」「ライバルの特許をつぶし」「ライバルの特許か ら逃げ」「ライバルから特許で自分の権益を守る」ことです。企業規模は関係ありません。昔であれば、特許侵害を怖れ、事前調査し、裁判費用を負担できる大 会社が優位にたてました。しかし、事前調査を完全にし、上記の戦略をたてれば小規模の会社でも、個人でも大企業に勝てます。

6.ライバルの動機を盗む。

企業経営で開発に大金をかけオリジナル商品を完成させ特許を成立させることは大変なことです。市場で人気のある商品をライバルが販売していて、その商品に 特許がなければ、類似品を出すのは違法ではありません。すなわち「ライバルの動機を盗む」ことは違法ではないのです。少し、恥ずかしいことではあるかもし れませんが。しかし、自由市場である限りやむ得ないのです。以前、「C&B」誌で紹介した私の経験をお話します。私が段ボール会社にいた時、米国特許を調 査していて、すばらしい「先行技術」を発見しました。「ラップラウンド箱」の「紐なし開封技術」です。USP2706076です。(裏ライナーに2本の切 れ目を入れる方法)。写真1。この技術は当時、日本ではどこも採用していませんでした。米国でも市場に出ていなかったようです。もし、米国でもポピュラー であれば日本でもすぐ真似していたでしょう。あるビール会社に提案し新規取引もしてくれました。「開封紐代」のコストダウンが可能だったからです。しか し、優位に立てたのは半年程でした。たちまち、他の段ボール会社に「恥ずかしげも無く」真似されました。「ライバルに動機を盗まれたのです。」米国特許ま で当時は調査する会社がなかったので、すっ呆けて出願しておけば2年ぐらいは先行できたかもしれません。当時でも、現在でも特許庁審査官は米国公報を調査 しません。しかし、私は当時、若く、正義感がありましたので、会社が出願したいというのを絶対反対し、出願させませんでした。今なら喜んで、出願しライバ ルが「無効資料」を把握できない期間だけでも独占的に利用するという戦略もあるでしょう。
「必要は発明の母」です。「動機」すなわち「必要:ニーズ」が判明すれば、発明はもう50%完成したのと同一です。そこで、「先行技術」を調査し類似のものを発見すれば90%発明したのと同じで、「無効資料」を見つければ100%発明したのと同一です。

7.ライバルの特許をつぶそう。

「ライバルの動機を盗めば」、その次は、ライバルの特許をつぶさなければなりません。それには「先行技術」調査しかありません。まず、そのライバル会社の 特許の特定をしなければなりません。それには「出願人調査」で「公開公報」を検索します。出願から1年たてば公開公報になります。インターネットで <http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/homepg.ipdl>をクリックすれば「特許庁/特許電子図書館トップページ」に 接続されます。

その中の<http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/Tokujitu/tokujitu.htm>「特許・実用検索」を出します。

<http://www.ipdl.jpo-miti.go.jp/Tokujitu/tjktb.ipdl>「特許・実用検索 7)公報テキスト検索」の中の「公報種別」を「公開特許公報」に「検索項目選択」を「出願人/権利者」に切換え「検索キーワード」の欄に会社名を打ちこみ ます。

例では「レンゴー」となっています。下の「検索」をクリックすると「ヒット件数451件」と表示されています。リストを表示するには「一覧表示」をクリックすると表示されます。番号をクリックすれば内容が表示されます。このデータを印刷、また保存できます。

しかし、残念ながらインターネット出願人検索は1993年(平成5年)以降が可能です。それ以前の検索は前記2ヶ所での本のリストから検索しなければなりません。
このようにライバルが特許を持っているか否かの調査です。
「無効資料」の「分類別調査」方法については、あとの項で説明します。
幸い、無効資料を発見しても、いきなり「無効審判」「異議申立て」「刊行物等提出」などでつぶす手続きをするのでなく、ライバルに弁理士から交渉させるの も特許戦略のひとつです。無効資料をライバルに提示し、無償で通常実施許諾をもらうのである。つぶしてしまっては、そのライバル社以外も無償で利用できて します。2社で利用し、それ以外のライバル社に利用させない方法も特許戦略の高等戦術です。つぶすのに高い金を掛けて自由競争にするより、2社で独占した 方が利口です。 「出願人調査」は特定のテーマが無くてもすべてのライバル社のものを定期的に検索し、コピーし、社内回覧、保存すべきです。ライバル社の「動機」「戦略」 が判明するからです。「C&B」誌の巻末には毎月「特許情報」として番号がリストアップされています。発明の名称はあまり参考にならないので、インター ネットの2図の「1」特許・実用新案公報DB」の番号検索で内容を確認した方がよいでしょう。「C&B」のリストには検索範囲が記述されていないので不親 切であると思います。調査期間、調査分類範囲を明記すべきであると思います。

8.ライバルの特許から逃げ。泥棒と発明家の紙ひとえの差。

不幸にして、「無効資料」が発見できなければ、類似のものを探します。機能が同一であれば、形式にこだわることはないものと思います。箱の形式に関して言 えば、私の経験から類似のものを見つけられなかったことは5年間で数件でした。「先行技術」資料を土台にして、研究者が知恵を出し合えば必ず道は開かれる ものと思います。そして、それがライバルの技術の1歩先を行ける可能性を出るのです。単に技術的に類似のもの、またそれ以上のものを考えるだけでなく、特 許法的に権利から逃げられるアイディアを考えることも必要です。特許戦略は「技術と法律」の戦術で対応するのです。特許関係の部署に所属の人は「特許法遂 条解説」を学習し日本特許協会、発明協会などの講習会に参加し「リーガルマインド」を磨くべきだと思います。
法律的戦略とは具体的には「均等物」の議論になります。ライバルの「動機を盗み」「類似のものを」意図的に市場にぶつけるのですから、やられたライバルは 「特許侵害」だと怒り狂うでしょう。訴訟になるかも知れません。奇妙なことですが、ターゲットの特許の「類似技術」を一所懸命調査し、類似技術を開発し、 商品化して市場にぶっつけて、訴えられると、今度は一転して「非類似」を主張するのですから「確信犯」で「愉快犯」の神経を持っていないとやってなれない かもしれません。このような特許戦争でも勝たなければ会社は大変な被害を受けます。そこで一番重要なことは「1に事前調査、2に事前調査」です。「確信 犯」が「地雷原」を歩くのですから、すべて事前調査してマークして、地雷の信管を事前に外しておき、いざ戦争になってもその地雷原を突っ走って敵の本丸を 一気に叩きつぶさなければ成りません。
ひとことで言えば、必ず訴訟まで行く前提で、事前調査で必勝の方程式を作っておくのです。これらの仕事は大企業の特許部のスタッフより優秀な一人の特許マ ンの方が適しています。特許戦争は一種の「知的ゲーム」です。「忍者」になり、ライバルの城、地雷原(特許)を事前調査し、信管を外し、「パテントマッ プ」を作成しておき、戦争になれば一気にたたきつぶす準備をしておくのです。地雷原の事前調査なしに、突っ込むのは自殺行為です。神風精神ではダメです。 事前調査していれば、例え訴えられても十分準備しているわけですから100%勝てます。
上手に「動機」を盗めば、発明家と賞賛され、失敗すればまさに泥棒になります。一般に発明は「目的」+「作用・効果」+「構成要素」よりなります。前2者 は確信犯で「動機を盗む」のですから同一です。そこで発明家は泥棒呼ばわりされないために「構成要素」が異なるものを狙うわけです。これで特許侵害になり ません。先行する会社の真似をし、類似の「構成要素」の異なるものを出すのは、先行する会社に何か悪い気がしますが、しかし、特許戦争というものは、これ が現実です
。 
9.ライバルから特許で自分の権益を守る

「先行技術」を十分調査し、幸い抵触しない発明ができた場合、それがライバル社よりすぐれたものであれば、特許出願し、自社の権益を守らなければならな い。既に「先行技術」とライバル社の特定と精査は終了しているので、その出願したものは権利化する確度は高いものとなります。弁理士にとっても依頼人から の単なる技術の作文でなく、法律的に強固な明細書を作ってくれるでしょう。

10.具体的な調査方法

a.出願人リストからの調査
まず、ライバルの特許の特定を「出願人検索」で調査し判明したら、「原簿」で年金が未払いで失効していないかのチェックをします。私のわずか特許の仕事の 経験でも、大事な特許にもかかわらず年金の支払い忘れで2件ほど失効した特許権を見つけました。公告公報に出ているから権利化されているからとあきらめる 必要はありません。「特許登録原簿」を申請して年金未払いで失効しているか否かまで調査が必要です。意外と失効している場合が多いのです。1993年以前 は電子化されていませんので前記2ヶ所に行って本から調べなければなりません。また、特許権を他社から購入した場合、当然「出願人検索」からはチェックで きません。「出願人検索」から検索できなかった場合は「無効資料」の調査を兼ねて「分類索引」から調査します。
b.「分類索引」からの調査
現在、日本は「国際分類」に基づいて分類されています。この分類コードを間違うと、とんでもないことになります。調査未完成で「地雷」を踏む可能性があり ます。基本的にその分類の属する公開・公告番号をリストアップし、番号から内容を検索、コピーが可能です。したがって、自分の探している分類コードが合っ ているかどうかは、いったん探して小当たりして内容を確認し、違っていれば他のコードを当たるのです。
特許庁の審査官は「FIターム」という分類体系で調査しています。この分類体系の良い点は明治18年の特許制度が始まって以降から現在まで1つの体系で分 類されていることです。また審査官と同じ立場で国内先行技術を調査できる点です。少し、難しいですが、慣れるとと便利です。この調査方法の実地講習会は時 々、各全国の発明協会で行っています。紙器・段ボール業界に関係する分類は
3E060 紙器
3E066 緩衝包装
3E075 紙容器等紙製品の製造
3E078 紙の機械的加工:段ボール製造
c.米国特許(USP)
1976年以降はUSPTO(米国特許庁)のホームページから番号検索で閲覧可能です。
米国の分類はシンプルで長期に渡って変更がないので調査しやすいです。アドレスは<http: //www.uspto.gov/patft/index.html>です。紙器・段ボールに関しては「229類:紙器」が重要です。「Patent of Index part2」で229類に属する番号がリストアップされています。この番号から検索していきます。残念ながら、この番号索引は前記2ヶ所に行かないと閲覧 コピーができません。
米国特許の良いところは比較的新しい権利期間中の特許でも審査官が親切にも「引用文献」を豊富に載せてくれているので、孫引きが可能なのです。たちまち類似のものが数10件集まります。
米国特許は日本の特許庁からも閲覧可能です。1図の特許庁のホームページの「外国文献検索」です。

11あとがき

以上は特許庁の創立以来の大改革のインターネット図書館の良いところをアピールしたのでが、現実はそんなに甘くありません。なぜなら、勤務時間中(9時 −5時)の間はアクセスが多く、しばしば「サーバーが混み合っていますので後にアクセスしてください」のメッセージがでます。また、「工事中」のメッセー ジがでます。私の長期間のアクセス経験から言うと、スムーズにつながるのはAM2時からAM8時の間です。
いずれにしてもインターネットでダウンロードするには時間がかかります。
そこでLCCでは1935年から1999年の229類の全明細書(USP)をコピーしました。約10万ページです。それをコンピュータにインストールし閲覧プログラム(1秒4コマのスピード)とセットで「知恵子」の商品名で販売しています。検索能率は100倍程度です。
また日本の特許・実用新案の「紙器・段ボールの形体」についても出版しました。明治18年(1885年)から1998年で約90万ページになります。