一般的な音響聴取用のヘッドホンは多くのところで紹介されているが、いわゆる業務用、検査用のヘッドホンは意外と市中には出回っていないので、その話題を記す。
IEC基準カプラ・人工耳に関する詳細なレビューは別ページへ。
検査用のヘッドホンは、その音圧をある程度正確に担保しないといけないので、基本的に一定の基準のもとで校正されている。 個々人の耳の形は様々であるが、検査毎に個々人の耳の形に合わせることはできないので、人工耳という決められた容積の空間の中での音圧を計測することになっている。 人工耳は様々な種類のものが提案・使用されているが、その中で日本において比較的一般的なものが、規格名でいうとIEC 60318-3とIEC 60318-1という二つの人工耳、カップラである。
B&K 4152
IEC 60318-3
B&K 4153
IEC 60318-1
B&Kのホームページよりの図で、上記のような円筒形のカップラにヘッドホンを載せて、中に設置されているマイクで音圧を計測する。
ちなみに、4152が39万円、4153が56万円もする(2016年時点)。関係者の話によると、数十年前は、もっと安かったが、規格化されてからどんどん高価になってしまったとのことで、
最近はいくつかの別の会社からも製造・販売されている。
番号的には後ろになるが、IEC 60318-3の方が先に策定された規格で、NBS 9Aという、容積が6ccのカップラのアメリカの規格がIECにそのまま持ってこられたものである。
聴力検査機器の開発の黎明期に、アメリカにおいて開発されたTelephonicsのTDH-39やTDH-49が、そのまま今日においてもスタンダードとなり
(マイナーチェンジが加わり、型番としてはTDH-39P、TDH-49Pとなっている)、
それらのヘッドホンの校正がNBS 9Aでされていたため、現在の聴力検査のヘッドホンの校正でも、これらの伝統的な機種においては同じ規格が用いられることになっている。
しかし、このIEC 60318-3のカップラは通気用の細い穴が空いている以外はなにも細工のない、1インチマイクを取り付けるだけのただの円筒形のカップラで、
この1インチの大きなマイクは10kHz以上の周波数特性が良くないため、1/2インチ等小型のマイクを取り付けられ、高い周波数もある程度計測できるカップラが必要となり、
IEC 60318-1が策定された。
聴力検査で使用されるヘッドホンの校正では、TDH-39やBeyer DT48等の昔の設計のヘッドホンより後のタイプでは、原則的にIEC 60318-1を使用することになっている。
IEC 60318-1の断面図と音響等価回路
それぞれのカップラの音圧周波数応答
IEC 60318-1は、等価回路にも示されるように、いくつかの容積を持っており、ただの円筒であるカプラと比べるといくつかのピークを持っている。
どちらのカプラが正しいというものではなく、それぞれのカプラが異なった設計により作られたものなので、それぞれを使い分けるということになる。
それぞれの周波数応答のおおざっぱな違いとしては、IEC 60318-1でフラットに作られたヘッドホンをIEC 60318-3で計測すると低音の音圧が大きくなる。
聴感上も、IEC 60318-1フラットな設計のヘッドホンはIEC 60318-3フラットな設計のヘッドホンよりも低音が伸びて聞こえることになる。
わかりやすい例で言えば、かなり昔の電話機の受話器は、耳に押し当てないと、低音がやや聞き取りづらかったが、最近の電話機では、そこまで強く押し当てなくても低音がきちんときこえる
というのも、設計が異なることによるものといえる。
おおざっぱなヘッドホンの設計上の事から言えば、堅くて重い振動膜を使うのがIEC 60318-3フラットで、薄くて軽い振動膜を使うのがIEC 60318-1フラットなヘッドホンということになる。
また、受話器の後ろ側の部分において吸音材をふんだんに使えばさらにIEC 60318-3フラットに近づくし、穴を空けたりして調整するとIEC 60318-1フラットな周波数の山を作ることができる。
日本で、医療用の聴力検査機器を製造しているところはRIONとモリタ製作所くらいしかなく、健康診断用の簡易機器はもう少し多いが、その中でヘッドホンまで内製しているのはRIONだけで、 その他は基本的にTelephonicsを使用している。海外のメーカでも、聴力検査用の耳載せ型ヘッドホンに関してははTelephonicsが多く、それ以外にはBeyerが少々という感じである。 耳覆い型はSenheiser以外見たことないし、耳挿入型についてはEtymotic Research以外見たことないので、開発にはかなりの技術力を要するのだろう。
RION AD-02
IEC 60318-3 フラット
RION AD-02B
IEC 60318-3 フラット
RION AD-06
IEC 60318-3 フラット
BOOST用 (高音圧用:130dBHLまで可能)
RION AD-02は通常の聴力検査での使用のために設計され、ベークライト製の筐体にDR-631のような感度調整用の機構の備わった、凸のドライバを持つ機体で、
現在では、筐体のプラスチックの材質の変更等によりAD-02B、16kHz以上が出る選別品のAD-02T(耳鳴り検査や高音検査用)が直系の機種になる。
RION AD-06は、高い音圧を出力可能なように重く厚い膜が採用されたもので、高度難聴の検査用として使われる機種である。こちらも、AD-02Bと同様の
筐体になってからはAD-06Bという型番になっている。
設計した者しか知らないのだろうが、どちらも通気口にフェルトが設置されており、感度がフラットになるような働きをしていると思われる。どちらのドライバの可動部分も、
IEC 60318-1フラットで設計された最近のヘッドホンのドライバにみるようなぺろぺろに薄い膜でなく、かなり固い膜である。
MX41/ARと言われるゴム製のクッションをしっかり耳に当てないと、低音が漏れてしまって聞こえない。これは、IEC 60318-3フラットな設計のヘッドホンに
比較的共通する特徴である。
一般的な聴力検査は、被験者が音を聞いてボタンをおす方式であるが、被験者による何かしらの応答を必要としない聴力検査方法もある。その一つがABRという検査で、 音を感じた時に出る脳波を使用して評価する方法であるが、この時に使う機器は、RION等、一般的な聴力検査機器を製造しているメーカでなく、 日本光電等の脳波計のメーカが製造していることもあって、この時に使うヘッドホンはやや異なるタイプのヘッドホンが使われていることが多い。 ちなみに、日本において、脳波計は、以前は日本電気三栄と日本光電が製造していたが、前者は撤退してしまったため、現在では後者しか製造していない。 脳波計を製造するメーカがない国もあることを考えれば、日本の技術力はそれなりにあったのだろうと思われるが、現在もそうかというとやや怪しい面はある。
聴力検査機器メーカと違って、脳波計メーカにはヘッドホンを内製する技術はないため、かなり昔から、これらの脳波計では、藤木電気製のヘッドホンが採用されてきたようである。 一般聴力検査機器では、ELEGA DR-631Bがよく使われていたようであるが、こちらの検査では100dB以上程度の比較的高い音圧を恒常的に使うためか、耐久性の面からDR-531Bが採用されてきた。 このヘッドホンの情報については、別のサイトで詳しく述べられているので、こちらではあまり触れないが、 下の写真のように、いわゆる民生品では絶対に見られない、とてもしっかりとしたつくりとなっている。もちろん値段もそれなりにする(8万円程度)。
旧型機 ELEGA DR-531B 10Ω
108dB/1kHz/1mW
IEC 60318-3 フラット
新型機 城下工業 (日本光電の型式上は) DR-531B-14 13Ω
109dB/1kHz/1mW
IEC 60318-1 フラット
IEC 60318-3での周波数応答
かなり最近まで、このELEGAのヘッドホンが使われてきていたが、CE等の国際規格に合わせるためにRoHSフリーのため無鉛ハンダ等で作ってもらう必要が出てきて、
旧藤木電気(エレガアコス)に製造してもらえないため、別の会社に作ってもらうように変更したとのことで、数年間から新型機が納入されるようになっている。
旧型機は金属製の筐体だが、新型機はプラスチック製の筐体で、ドライバも全く異なる設計となっている。
実際の問題としては、新型機設計を依頼した際に、依頼元がカプラの違いをよく分かっていなくて、特性が違うものが出てきてしまったが、型番もそのまま売っているという物である。
もちろん、設計上の規格が異なれば、周波数応答も異なるのは当たり前で、右図のように新型機の方は低音がかなりよく出るヘッドホンとなっている。
品質管理の面から言えば、異なるものを同じ型番で売っているのは絶対駄目と思うが、残念ながらそういうことが通ってしまう会社なのだろう。
余談だが、この新型機の大元の設計をしたのは、三鷹市にある音響設計会社で、全く異なる用件でこの音響設計会社に研究用の防音箱の製造をお願いした時に、
ヘッドホンの話が出た際にたまたま知ったものである。
日本で新しくヘッドホンを製造してほしいということで日本光電がいくつかの代理店をあたって、小ロットだか何かで断られてしまった時に、ここならお願いできるかもしれないとのことで、
代理店から紹介されて話が来たとのことである。
この音響設計会社は、電車の車外スピーカのドライバの更新にあたっての設計もおこなっていたとのことで、音響の業界は意外に狭いのかもしれない。
Rusty Russell's signature: Anyone who quotes me in their sig is an idiot. -- Rusty Russell -- Rusty Russell -- Rusty Russell's Signature ( http://en.wikipedia.org/wiki/Rusty_Russell ) Bundling all these different types of work together in one department may be convenient administratively, but it's confusing intellectually. That's the other reason I don't like the name "computer science." Arguably the people in the middle are doing something like an experimental science. But the people at either end, the hackers and the mathematicians, are not actually doing science. The mathematicians don't seem bothered by this. They happily set to work proving theorems like the other mathematicians over in the math department, and probably soon stop noticing that the building they work in says "computer science" on the outside. But for the hackers this label is a problem. If what they're doing is called science, it makes them feel they ought to be acting scientific. So instead of doing what they really want to do, which is to design beautiful software, hackers in universities and research labs feel they ought to be writing research papers. Paul Graham "Hackers and Painters" - http://www.paulgraham.com/hp.html -- Paul Graham -- "Hackers and Painters" (the Essay) ( http://www.paulgraham.com/hp.html )